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「劇場と学校をむすぶもの」

 劇場と学校をむすぶものは何か? 問いは、そこからはじまる。大多数の子供たちが、最初に触れる劇場空間と言えば、それは入学式にのぞむ時の体育館であろう。しかしながら、それは講堂と言って良いものであろうか?屋内運動場としての体育館と、式典、学芸会のための講堂は、本質的には両立するものではない。大空間が必要とされるという共通項に立脚して、大きな多目的スペースとして兼用しているのである。前提となる出発点は、「体育館は講堂ではなく、講堂は体育館ではない。」である。ここでは、小・中学校を中心に考えていきたい。

 小学校であっても、私立の学校では体育館と講堂を分けて設置する計画は以前からあった。例えば大江宏の設計によって1954年に竣工した東洋英和女学院小学部では、体育館と講堂はコの字型の平面の両端に配置されていた。講堂部分は当初から計画として構想されていたが、実際には二期工事として1960年に竣工した。当時発表された時の大江宏の文章(*1)によれば「学校建築に与えられる予算額には、常にある限界があり、この講堂においてもその限界の中で最大限の可能性を探索することにデザインの主眼が集中された。」とある。素朴な材料の単純な組み合わせによってこの学校はデザインされた。学校関係者や設計者は、限られた予算額であっても、また時期をずらしてでも体育館と講堂は個別に建てられるべきという考え方に立っていた。(大江宏の手になる校舎は、近年惜しくも建て替えられてしまったが、新校舎においても体育館と講堂は計画された。)

 一方、地方の小規模校では、近年コミュニティの核として体育館と講堂を個別に設け、地域に開いている例がある。福岡県山田市の下山田小学校(鮎川透設計)の250席の固定席をもつ白馬ホールや、富山県利賀村の「アーパスとが」(藤野雅統設計)のアーパスホールなどがそうである。(*2)ここでは、「アーパスとが」について触れてみたい。「アーパスとが」は、鈴木忠志による国際演劇祭で知られる富山県利賀村に小学校、中学校、中央公民館からなる複合教育施設として建てられた。(*3)子供から大人まで、幅広い層の村民の活動の中心をつくることを目的にして、さまざまな年齢の人々が集まることによる学習・教育効果や、重複する機能を共用し、各スペースの質が高められることが期待された。約150名を収容するホール、図書室、研修室、和室などからなる公民館部門は地域に開かれ、体育室は小・中学校共用となっている。教育委員会までがこの施設に入っていて年齢や生涯学習などといった枠にとらわれない学習の場となっている。「アーパスとが」(APS:All Person’s School)という名称は、子供たちからの公募によって名づけられた。今までの学校建築、公民館建築、ホール建築といった施設計画の枠にとらわれない柔軟な発想と、地域の人々との話し合いのプロセスが、新しいあり方の学校を生み出していると言える。

 小・中学校ではないが、複合施設である利点を生かし、体育館と講堂を設けている例として私どもが設計している奈良県医師会センター(仮称、2002年春竣工予定)を挙げることができる。奈良県医師会センターは、医師会のための医師会館部門と、医師会附属の看護専門学校部門からなる複合施設である。学校部門は体育館は持つが講堂は持たず、会館部門は250席の講堂を持つ。看護専門学校の入学式、戴帽式、卒業式などの学校行事は会館講堂で行われる。一方、医師会の方でも、会議室が足りない時などには、学校の視聴覚室やその他の諸室を使うことができ、相互乗り入れができるようになっている。それぞれの建物が個別にあるのではなく、併設して複合化されている点を活かそうという考え方である。

 ここまでは、体育館と講堂について一つの敷地に個別に設けるという出発点の前提に沿って考えてきたが、大都市圏であれば学校近くに立地しているコミュニティ・センターや劇場・ホールとの日頃からの連携も考えられるだろうし、学校側からのアウトリーチ、劇場側からのアウトリーチなど、地域や立地の状況に合わせて一敷地にこだわらない柔軟な対応の考えられる課題である。また出発点の前提の対極の考え方として、体育館や屋外の大階段など日常的に使われている場が、ある日突然姿を変え非日常的なパフォーマンスの場に変身するという方法も、設備面を含めた場所のしつらえと状況によっては、大変魅力的であるという点も忘れてはならないと考える。

(*1)「建築文化」1960年10月号。戦後の学校建築計画研究の初期の成果として知られる旧宮前小学校の竣工が1955年。
(*2)「新建築」1999年12月号に、両校は掲載されている。
(*3)「スクール・リボリューション-個性を育む学校」長澤悟・中村勉編著(彰国社、2001年7月)に詳しい。
(日本建築学会建築計画委員会 劇場・ホール小委員会 シンポジウム冊子「教育資源としての劇場・ホール その1」所収)

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