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「音楽空間への誘い  コンサートホールの楽しみ」(建築学会編/鹿島出版会)

 音楽空間として存在するホールは、全体性を持った一つの空間であり、音響性能として数値で測られるのは一側面にすぎない。住宅が断熱性能として数値で測られるものではあっても、性能を超えた一つの器であるように、それらの空間は計画学や性能を超えてデザインされるべきものであり、そのような空間を持たないホールや住宅は、ただの建物である。

 「音楽空間への誘い」と名付けられたこの本では、その音楽空間にかかわる多方面の人たちへのインタヴューを通じて、音楽空間の持つべき多様な像に光を当てている。作曲家、指揮者、ソリスト、オーケストラのメンバー、コンサートのプロデューサーの語るホールの像は、ホールの音や響きの話だけでなく、ホールの持っている視覚的側面や都市の中でのホールの立地にまで及んでいる。一方建築家の側からは音楽ホールの楽しみ方、歴史、そのデザインに対して考察を加えている。

 ヴァイオリニストの千住真理子は、「ビジュアル面は大切で、音を出している以上にいろいろな刺激や先入観を、目を通して相手に与えてしまう。」と考える。また指揮者の大友直人は、「通常アンサンブルをする時は、耳だけでなく視覚の要素がものすごく大きなウエイトを占めています。視覚以外の全ての感覚を使っていることは間違いないのですが、視覚が音楽に与えている影響力には想像以上のものがあります。」と述べる。「観る・観られる」の関係にある演奏者と聴衆に対して、視覚面を含めたホール空間は、全体として大きな影響を及ぼしている。また指揮者の井上道義は「市役所、コンサートホール、美術館といったたくさんの人が集まる公共の建物が街はずれに建てられてしまうケースが圧倒的に多い。」「音響のことなどは非常に熱心に研究されているにもかかわらず、建てられる場所については議論がない。」と言い、都市の中での音楽空間のあるべき場所という重要な点に言及している。

 ここで一貫しているのは、建築としてのコンサート・ホールというのは、その立地、音響、造形、活動も含めてあらゆる面から音楽を総合的にデザインする場であるという認識である。この書は、音楽空間のデザインに求められる全体性を理解するための多面的な姿を伝えた貴重なインタヴューと資料から成り立っており、音楽空間にかかわるさまざまな人によって読まれるべき書であろう。

(「住宅建築」2003年8月号)

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