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「巨匠への憧憬 ル・コルビュジェに魅せられた日本の建築家たち」(佐々木 宏著  相模書房)

 「立面(ボリューム)も面も平面(プラン)によって決定される。平面(プラン)が原動力である。」ル・コルビュジエは、彼の著書「建築をめざして」の中で、そのように表明した。プランこそがすべての基礎であり、建築のボリュームもリズムもプランを通して整えられるべきものと考えていた。では、実際彼のアトリエでは、どうであったか?

 「C先生が考案しているのを見ているのは中々興味がある。殊に、両先生が意見衝突して、論戦が始まると、中々見ものだ。聞いていると、啓発される点が少くない。二人が喧嘩している間に、プランが段々煉れて、よくなってゆく。プランだけが頭を悩すので、断面や立面は、プランから自然とのびてゆく。勿論、プランを考へるとき、そこまで考へてあるのだけれど......プランが出来てしまふと、もうあとは殆ど機械的に出来上ってゆく。階高を定める外は、みんな定っているから。」ここで、両先生と呼ばれているのは、ル・コルビュジエ(C先生)と彼のパートナーであるピエール・ジャンヌレであるが、ここで報告をしているのは牧野正巳という日本人スタッフである。

 ル・コルビュジエの弟子である日本人というと前川國男、坂倉順三、吉阪隆正らがすぐに思い浮かぶが、佐々木宏によるこの本をひもとくと、それ以外にも何人もの日本人が、彼の門戸をたたいたことがわかる。佐々木宏による丹念な取材によるこの本は、遠い時間の中に埋もれかけていたものを一つ一つひろいあげることによってできあがった本である。この牧野正巳の一節も、その中の一つである。それによると牧野は、近代建築の傑作であるサヴォア邸の図面を描いていたことが知れる。近代建築の歴史の中にあって、今やさまざまな分析の対象となっているサヴォア邸が、生き生きとした時間の中で製図板の上で息づいていた様が、一人の日本人によって報告されている。

 佐々木宏には「近代建築の目撃者(新建築社、1977年)」という、やはり聞き語りによる近代建築史がある。この本は、それと並びうる重要な証言と取材の記録である。歴史は語られ、記されることによって歴史となる。

(「住宅建築」2001年2月号)

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